「おくのほそ道」(松尾芭蕉/角川書店編)

芭蕉は決して閑人ではありません。

「おくのほそ道」
(松尾芭蕉/角川書店編)角川文庫

「古池や蛙飛びこむ水の音」。
古い池に
蛙が飛び込む音が聞こえてきた、
という単純な情景を
さも新発見のように句に詠むなんて、
よほど暇だったんだろう。
高校生の頃、松尾芭蕉=暇人という
不届きなイメージを持っていました。
したがって、
「おくのほそ道」についても
余暇をもてあまして旅に出た、
程度に捉えていました。

浅はかでした。
読まないとわからない。
そんな当たり前のことを
またしても実感しました。
「おくのほそ道」は、
1689年に江戸を発ち、
奥州・北陸道を巡った、
俳諧を含めた旅行記なのです。
約150日間の日数で全行程約2400km、
単純計算で1日16km。
当然全て徒歩ですから、
簡単なものではなかったはずです。

旅の困難①人生は旅だ
「予も、いづれの年よりか、
 片雲の風に誘はれて、
 漂白の思ひやまず」

そもそも芭蕉は
人生は旅の連続であると
認識していたのです。
閑人ではなく流浪人なのでした。

旅の困難②実は命がけ
「剃り捨てて黒髪山に衣更」
これは同伴者・曾良の句なのですが、
「髪を剃り僧衣に着替え」という
意味であり、
それは旅に死ぬ覚悟であった
ということなのです。
閑人ではなく決死隊なのでした。

旅の困難③持病も再発
「蚤・蚊にせせられて眠らず、
 持病さへおこりて、
 消え入るばかりになん」

夏の夜に蚤・蚊の攻撃だけでも
大変だったでしょうに、
さらに持病の腹痛まで起こる始末。
閑人ではなく病気持ちなのでした。

旅の困難④道は険しい
「水を渡り、岩に蹶いて、
 肌に冷たき汗を流して」

道は舗装されているわけでは
ありません。
川の流れを越え、岩につまずき、
冷や汗を流して
山形まで辿り着いていたのです。
閑人ではなく冒険家なのでした。

旅の困難⑤本当は修行
「このたびの風流ここに至れり」
旅の目的は
いろいろあったのでしょうが、
実際には俳諧修行の旅だったようです。
行く先々で
俳諧指導を行っていたそうです。
閑人ではなく地方巡業者なのでした。

旅の困難⑥色香に迷う
「一つ家に遊女も寝たり萩と月」
えっ、遊女と一緒に…!
閑人ではなく遊び人なのでした。
などという読み取りは大間違い。
「同じ宿に」遊女もいたのであり、
「一つの部屋に」では決してありません。

現代語訳、本文、
解説、資料と盛りだくさん。
これ一冊で芭蕉の「奥のほそ道」の旅が
全てわかります。
中学校3年生にお薦めです。

(2020.1.25)

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